広い王宮のさらに奥の王の部屋に近い出会う人も限られた通路ですれ違った男が二人。
若い方は学生だろうか、豪奢な王宮にはそぐわぬほど簡素な衣に書物を何冊か抱えていた。それとすれ違った方もせいぜい三十前、しかし衣の色は最高位の官であることを示し、静かな容貌に隙はなかった。
通路の脇に寄って礼をとっている若者に、冢宰は声をかけた。
「珍しい、今頃こちらにいるとは。大学の方は休みか」
「何ごともお忘れにならぬ冢宰とも思えぬお言葉、毎年恒例のご用を勤めるために戻って参りました」
「ああ、それはご苦労。しかしなかなか気を使うお勤め、入ったばかりで勉強も忙しかろう。今後は祥瓊にでも頼んではどうか?」
「贈る先がいずれも男ですので、男の目で選んだものの方がよいと主上が仰せです」
妙に後の方の”男“を嬉しそうに強調して言われたのを相手はしっかりと聞き取った。
「男とおっしゃったか。それはそれは、大きくなったものだ」
まだ頬に柔らかさと丸みを残し気負う相手に、遙か年長の男は軽やかに笑った。
「では、頂く方としては楽しみに待っておるからな」
若い方は、そこに含まれたからかいにそのままでは引っ込まなかった。他の事ならおとなしい質で控えめに振る舞うが、陽子の事になると、ましてこの相手にはそうでは済ませられないのは子供のころと変わらなかった。
「主上から指示された数は大変多ございますので、“ひとつ”くらい買い忘れる不始末をするかもしれないと心配です」
おまえの分はないかもしれないと仄めかされても、百戦錬磨の強者はびくともしなかった。
「そのような事があっては大変だ。相手はさぞ失望するであろう」
口元に上品な笑みを浮かべてもっともらしく頭を下げたままの若者は、次の言葉に少し笑みを止めた。
「それより、主上がそれでは申し訳ないと、何か代わりのものをと気を使われるだろうな。
普通ならそんな場合は何か御身に付けた宝飾品でも賜るのだろうが、なにしろ日頃そういったものを何もお付けでないお方。咄嗟にご自分の身を見渡しても何もないのにお困りになるだろうと心配だ」
そして続く言葉に、残っていた微笑みも消えた。
「となれば、その場で男にお与えになれるものと言えば……ああ、いやいやそんな事は許されぬ。期待する事すら恥じるべきな、しかしさぞ……おや、どうした?」
他の宮廷ならただの学生が冢宰の前を去るには許されぬ唐突さで立ち上がったかとおもうと、挨拶もそこそこに、いくら慶でも王宮内では許されぬ速度で下への門の方へ駆けだした若者の後ろ姿を見送った冢宰は、にっこりと微笑んだ。
「さて、これで買い忘れなどせずちゃんと主上のご用を果たして来るだろう」
そして重い絹の上着の裾を裁いて向きを変えると、若者が向かったのとは逆の王のお部屋の方へと向かった。
「しかし余計な事を言ってしまったな、本当は足りなくなった方が良かったのかも。いや惜しいことをした」
まあ、ばれんたいんでーとやらは、来年もある、再来年もある。こうしてこの朝が続く限り。
いつかそのうち何かいつもと違ったばれんたいんでーがあるかもしれないと、それを楽しみに政をするのも一興かと、男はくつくつと心の中で笑った。
書くぞ!バレンタインと思ったのですが…ラブラブ路線と縁遠いため、その前夜の男ふたり。
「アフタヌーン・ティ」の数年後のお話しです。出来の悪い子じゃないんですがこのパパに楯突くには十代ではキャリア不足。相手が悪すぎます。
とはいえ、息子が買ってきた義理チョコしか貰えない浩瀚も情けない。