さんたさんを待てば

夜の訪れはいつも露台に降り立つ静かな足音からで、それは同じひとが彼を迎えに来た時と同じ。
臥牀で目を閉じじっと待っていると、

そっとかき上げられた帷からするりと入ってきた影は、広い臥牀のそちらの方をその重みで沈ませた。やがて折ったまま近づいてきた膝が彼の直ぐ側をさらに深く窪ませ、そして彼の身体越しに伸ばされた手を目を閉じていても感じた。
浩瀚jrは、今眼を開けさえすればすぐ目の前にあるはずの姿を見る誘惑に耐え、じっとそこから降り注ぐ暖かさと快さに浸っていた。それは空の下で雨の滴を受ける草にも似た喜びで。

やがて相手は再び身を起こしたようで、そして、まるでしっかり目を閉じていたことへの褒美のように……そっと…暖かく柔らかなものが彼の頬に軽く落ちてきた。


そのまましばらく彼の寝顔を見つめる視線を今度は頬いっぱいに感じながら、それでも身じろぎせず横になっていた。

やがて潮が引くように気配は去って行き、それでもまだ万一のため横になっていた。



しかし露台から物音が消えて一時過ぎても気配が戻って来ないのを確かめ、それを少し寂しく思いながら、やっと起き上がった。

先程まで刺繍を施された被いだけだった褥の上には、小さな包みが置かれていた。
それをを手に取って開いてみると。




浩瀚jrがこちらに来た最初の年、陽子と一緒の夕餉の時に突然今夜はよい子のところには『さんたさん』が来るんだよと教えられ、どんな恐ろしいものが来るのかと怯えながら、それでもいつしか眠り込んでしまい、朝になって目覚めれば自分の寝床には小さな包みがいくつも置かれていた。

なぜ寝る場所にこんなものが並べてあるのかと不思議に思って開いてみると、本だったりお菓子だったり、そして一番小さくて軽いのは柔らかな妙な袋のようなものに小さいけど本物の金貨がひとつ入っていた。

理由のない死への恐れに眠れない夜を過ごして来た子供の心を再び不安がらせたそれは、贈り物を持ってきたのだった。
そこでやっと「さんたさん」が恐ろしいものではないとは分かったが、なぜ眠っている間に贈り物をされるのかは、常世の子供である浩瀚jrにはやはり分からなかった。

そして袋にしては妙な形のそれは、翌朝陽子に聞くと、蓬莱で足に履く靴下ということで。

あとで祥瓊がそっと教えてくれたところによると、それは陽子がせっせと自分で編んだものだった。
足に履くものなのになぜか片方しかないその柔らかさを、時々仕舞った箪笥から取り出しては楽しんでいた。

翌年またさんたさんの荷物には、片方だけの靴下があったが、新しい方は昨年よりほんの僅か大きかった。

毎年毎年少しずつ靴下は大きくなり、浩瀚jrは自分の堂で自分だけの時には、左右のどちらかが大きいか小さい靴下を履いていた。


そうして、毎年毎年靴下は増えていった。



浩瀚jrは今年の靴下を手に持って、目の高さに上げて見つめた。

さすがに靴下はあるころからそれ以上大きくならなくなり、ということは彼が充分成長したということに陽子は気付いては居るはずなのだけど。

さて、いつまでさんたさんが来てくれると信じている顔をすればいいのか。多くの子供と同じ悩みを、彼もあるころから抱えていた。

相変わらず、陽子はくりすますには騎獣でこっそり忍び込み、彼の寝床にプレゼントを撒いてゆくのである。
そしてその最期には、ごく小さなころしかして貰えなかった、頬への優しい贈り物が添えられて。
彼が眠っていると思っているからこそ、そして今も彼女の小さな子供だと思っているからこそ贈られる最上のプレゼント。


「ぼくもずいぶん大きくなったんですけど」

そして、金貨のためでもなく、本のためでもなく、たぶんまだ彼以外は誰ももらったことのないその頬への贈り物のために、彼はまだ演じ続ける事にした。

ぼくはまださんたさんを信じて待っている子供なんです、と。



金貨の入った鮮やかな青い靴下を握り締め、官として忙しい身体を明日に備えて休めることにした。

そして眠りに落ちる前に願った。
紅い髪のさんたさん、来年も良い子にしているからまた来てね。


メリークリスマス

warehouse keeper TAMA
the warehouse12