祥瓊に小さな包みが届いた。
あれからどれだけの年月が経ったかもすぐには思い出せないほど思い出の彼方の存在となった国からそれは送られてきた。
簡素な布を開くと古びた紫の紐に通した玉が出てきた。
息をのみ、それを手にとって見つめた。
青い光を秘めた乳白色の玉は古い記憶を呼び覚ました。
それは父の帯飾りに違いなかった。
幼い頃、勤めから帰った父を迎えに出ると、ちょうど目の高さでそれが揺れていた。
そっと手を触れた時の冷たさを覚えている。
父は芳の王になってからもそれを身に着けていたが、他の豪奢な飾りに埋もれてほとんど見えなかった。奢侈を嫌った王で最低限しか身を飾らなかったが、それでもその玉が霞むほどのものに囲まれていた。
母は今更そんなものをと嫌い、何度も着けるのをやめさせようとした。
その後父王がそれをつけていたかどうか思い出せない。着けていたのか母に遠慮して止めていたのか。
父が亡くなった後、身一つで里家に行かされたため、両親のものは何一つ持っていない。
すべて盗まれたか捨てられたのだろうと恨んでいた時期もある。
包みの送り主はある里の閭胥で、男の名に見覚えはなかったが、里の名前は祥瓊の記憶の中で寒さと飢えと屈辱の日々に結びついていた。
添えられていた手紙にざっと目を通し、同封されていたもう一通を開いた。
私が恵州へ州侯として下ることになった時、拝領した硯とは別に主上にこれを所望いたしました。 主上が任官された時に父君より祝いとして贈られらものだそうです。 ―――貧しい農夫だったから、こんなものでも学費を出してくれた残りの蓄えすべてで買ったのでは、と思っている。 そう伺っておりましたので拝領できる自信はなかったのですが。 こんなものでもいいのか、と賜りました。 王后に嫌われて王宮には居場所のない玉だからちょうどいいかと。 あの日、王宮へなだれ込んだ我々の前に粛々と膝をつかれた王は、最後に私の腰に下がるこれに手を触れておっしゃいました。 祥瓊だけは死なせないでくれ。あれが愚かなのは何も教えられなかった親のせいだ。 仙でなくていい、人として生きることを知らずにこのまま死なせるのは不憫でならぬ。 私が今更頼めぬなら、これを贈った私の父に免じて助けてやってほしい。 そして、首を差し出されました。 貴女が恭へ発たれた際にはこの玉と見送っておりました。 その後慶で立派に生活をされてからの手紙は、玉に読み聞かせておりました。 |
最初の手紙にはこれは前任の閭胥だった男のもので、亡くなったのでその遺志により送ると書かれていた。
身内はいないと思っていたので、葬儀の連絡も出来なかった事を詫びていた。
長い間子供達を教え、里の人々を導いてくれた代え難い男で、今も里では彼を偲んでいると。
祥瓊は玉を胸に抱きしめてつぶやいた。
月渓・・・
触で流された芳の麒麟の卵果は結局見つからず、再び新しい麒麟が王を選ぶまでには長い長い年月が経ち、芳は荒廃を極めた。それでも月渓の仮朝はぎりぎりのところで支え続けた。
新しい王は月渓ではなかった。
月渓は王の登極後、改めて大逆の罪を許されると仙を離れて王宮を去った。
それを聞いた祥瓊は陽子の許しを得て芳へ向かったが、すでに月渓の行方は知れず、荒廃し妖魔の跋扈する芳で探し回るのは無理だった。
そして、今これがここにある。
玉を抱いたまま時を忘れて座り込んでいた祥瓊は後ろから暖かな腕で抱きしめられた。
馴染んだその香りは過去から彼女を引き戻した。
どうした、と問う相手に二通の手紙を見せた。
相手は読み終わるとゆっくり手を差し出し、祥瓊はその手に玉を載せた。
「私が使ってもよいか?」
祥瓊はそう言った顔を仰ぎ見た。
「その玉の主は二人とも得た王位を失い、その思いとは違う人生しか過ごせなかったのよ。そんな玉を身につけたいの?」
男は静かに笑った。
「私は王にはなりそうもない。
そして彼らは貴女を愛していたが、玉か貴女のどちらかを手放したのであろう。
貴女と玉が一緒に側にいる男に不幸は来ないと思う。
だからもし私を不幸にしたくなくば、貴女は一生この玉と共に私から離れずにいなくてはならないが。」
そう言うと、男は祥瓊を強い眼差しで見つめた。
言葉で答えず、祥瓊は玉を手に取り、男の帯に挿した。
ちょうど目の高さでそれは嬉しげに揺れた。
男の腰に腕を回し、その玉に頬をすり寄せて言った。
おかえりなさい。