夏も盛りを過ぎ、いつの間にか少し日が暮れるのが早くなっていたようで。
遅い夏の休暇の日課となった水浴には、いつもと同じ時刻に来たはずなのに、海から上がった時にあたりを包み始めていたその薄い黄昏に誘われ、濡れて身体に貼り付く鬱陶しい薄物を水際に脱ぎ捨てた。
王のための離宮なのだから、ここには私ひとり、と解っていても今までしたことがなかったのだけど。
横たわれば砂地に残された昼間の太陽の熱がじわじわと、何も遮るもののない肌に染みこんでくる。
砂は細かくさらさらと気持ちが良いが、急に冷たくなった風が剥き出しの背から髪を散らし刺激する。
潮騒に包まれ、砂と風の熱の差を楽しみながら、夕暮れの中私は微睡んでいた。
眼を閉じればそこは慶の海岸ではなく、いつか子供の時に行った海岸。
水着が欲しいな、ついそんな事を思ってしまったせいか。
……陽子…、パラソルの陰に入りなさい……
陽子、娘が何も羽織らず寝そべってはいけないよ
……陽子…陽子……
遠くで私を呼ぶ声がする。
……陽子
近寄る足音はいつも決して歩調を変えない
この重い砂さえ彼を乱すことは出来ない
しかし砂に押し付けた耳に響くその歩調は今日はほんの少し早くしかもほんの少し乱れている
それに、先ほどなんて聞こえた?
「陽子」
決して呼ばれるはずのないその名を再び呼ばれて、思わず顔を上げてそちらを見る。
薄闇の中表情の分らない顔が、慌ててこちらに駈け寄った。
近づいてはいけないと言う間もなくて。
私を隠していた岩場を一足で乗り越えて、膝をついて長い腕を回すとその胸にかき抱いた。
「白い衣で暗くともお姿が分かるはずが…、心配になり探しに来れば衣だけが打ち寄せられていて…」
あまりに強く抱きしめられ、ごめんと言う事も出来ない。
「なぜ、なぜこんな思いをおさせになるのですか」
問いつめているのに、言われればそれも当然の心配をかけたのに、それは叱責ではなく、なぜか甘いものがあって。
さらに腕を緩め少し身を離して見つめられればその目にもいつもと違うものがあって、先程までの冷たくなった風のように私の肌をちりりと刺激する。
そしてやっと口に乗せることの出来た詫びの言葉はさらに甘いもので遮られ。
――ここはそんなに気持がよろしいですか?
やがて私を砂に下ろした声はいつもと同じ。
こめかみから一筋下がった髪だけが永遠にも思えるあの時間の名残か。
ここはどこよりも気持ちがいい……先程までそう思っていたはずだったけれど…、聞こえるはずもない声で答えれば、彼は握り締めて来た白い濡れた衣を拾い上げ、また下ろし、代わりに自分の上着を私に掛け立ち上がり背を向けた。
――そろそろお戻りを
下からは太陽の名残の熱、上からは彼の……
包まれて私はあと少し微睡む……私を陽子と呼ぶ世界に浸るために
でも、今度呼ぶのは父母ではなく先ほどのあの声。
……陽子
風が…冷たいの……とその声に返す。