昔々、虚海に面したある州の将来有望な若手官吏の浩瀚には美しい妻がいました。

愛し合うこの二人に天は立派な卵果をお与えになりました。
里木からそれをもいで家に帰った日は、おそらく彼にとって人生でもっとも幸せな日だったことでしょう。

そして夫婦が息をのんで見守る中、二つに割れたその実の中を目にした妻は・・気絶して、倒れ……ました。

割れた実の上には小熊が座り込んでいたのです。

小熊は明るさに慣れないつぶらな黒い目をしばたかせ、倒れた妻を抱えたまま茫然としている浩瀚を見ましたが、誰もかまってくれないので空腹を訴え始めました。

妻は授乳のたび小熊にご自慢のバストを食いちぎられそうになり、とうとう家を出て行ってしまいました。

浩瀚は小熊と残されました。



親しくしていた州軍将官とその麾下の兵卒はカミングアウトしたカップルでした。

人柄軍功共にすばらしい人物にも関わらず里木に帯の結べない二人は、その子を育てさせて欲しいと浩瀚に頼みました。
やたら体力のいる育児に疲れきっていた浩瀚は、この体力あり余りカップルに息子を預けることにしました。


と名付けられた少年は、二人に大切に育てられ、期待通りの優れた武人となりました。




一方シングルに戻った浩瀚はまた美しい妻を迎えました。

そして里木になった実をまた楽しみにしていたところへ触が起きてその実が流されました。

妻はショックに耐えられず、彼女もまた浩瀚から去ってゆきました。

その胎果の少女を麒麟が迎えに行くのは未だ先の事です。



重なる不幸な結婚の思い出の土地であるうえ、卵果をなくした虚海を見ることが辛くなった浩瀚は転勤を願い出ました。



新しい任地麦州で彼はまた若い美しい妻を迎えました。(なんといっても彼はハンサムで将来有望でしかもメンクイなのです)

今度こそ幸せになろうと彼は一生懸命任務に励み、ついに州侯に任じられました。

しかしそのためになかなか構ってもらえなかった妻が寂しさのあまり隣の和州侯と、晩ご飯と朝ご飯を一緒に食べてしまったのです。
自分の妻が食べられてしまったことを知った浩瀚は、その三度目の妻にも去られてしまいました。



二度子を失い、三度妻を失った男にとってもうコワイものはありません。

彼は命をかけて(やけっぱちとも言う)乱を起こして新王を助け(個人的理由大で王はついでかも)、ついに冢宰になりました。




そして今日は蓬莱では「父の日」というそうです。

日頃は身分にうるさい浩瀚ですが、勅命によりこの日だけはそれを忘れることになっています。

ノックの音が聞こえ、女王をしている紅い髪の美しい娘と、禁軍左将軍をしている逞しい息子が入って来ました。


「パパ」

そう言うと二人は浩瀚に両側から抱きついて頬にキスをしました。

浩瀚は今では「慶国で一番幸せな父親」と呼ばれています。




めでたしめでたし

初出 2004/06/11 Albatross小説掲示板 父の日企画