騒々しい足音に振り向いた景麒の目の前で、走廊を駆け抜けようとする者がいた。
身体ほどもある大きな荷物を抱えて夢中で走っていた少年は、それでも庭院の初夏の光の中に立つ美しい金の髪の輝きを見落とさなかった。
勢いのあまりどんと荷物ごと手すりにぶつかるようにして立ち止まり、台輔を見下ろした桂桂は、息を弾ませ嬉しそうに告げた。
「台輔、ぼく自分の房を頂けたんです。」
「それは…良かった。」
血に酔いながらも陽子のためにここまで運んで来た少年は、僅かの間にまた大きくなったようであった。その時の記憶がなくともそれを知っているからなのか、子供だからなのか、これほど屈託なく景麒に話しかける者は他にいなかった。そのためそういったものに慣れない景麒は、いつもつい答えがひとつ遅れてしまう。
「鈴の房の近くなんだ。また近くになって嬉しいな。」
陽子の朝も徐々に落ち着き、それに従って遠甫の元にいた者も皆それぞれの場所を得て、残っていたのは桂桂だけだった。
腕から落ちそうになった荷物を抱え直すと、少年はまた駆けだそうとしたが、その前に振り向くと言った。
「台輔も主上のところにお引っ越しすればいいのに。あんなに仲良しなんだから。」
子供とはいえなんということをと思いつつまた答えに遅れた景麒を残して、少年は軽い足音と共にあっという間に見えなくなった。
言いそびれたものを諦めほっと吸っていた息と共に吐くと、辺りから賑やかな声が上がった。
驚き見上げた走廊の手摺りにはいつのまにやら幾人もの女官が集まり、いずれも口元を袖で被って笑っていた。おまけにその先にはなおやっかいな人物が。
「冢宰…」
微笑みながら鈍い色の頭を傾げて軽く礼をとった浩瀚は、手に持つ文箱を見せながら言った。
「大宰と共に内宮についてのご相談を受けるために主上のところへうかがうところでございましたが、小さな臣より提議された先ほどのあの件は何とお伝え致しましょう?」
それにまたさらに沸き立つ声の中、冢宰も女官も楽しげに去り、やはり答えに窮したままの台輔を優しく包むように咲き誇る百合が香った。
あちらのお引っ越し記念SSとちょうど入れ違いに当サイトの1万打SSをお持ち帰り頂きました。
でも景陽の方に、あのお相手は絶対台輔じゃないと言われた作品なので、
そっとおまけを。