陽子がいっぱい

サイト一周年記念

気候温暖、よい王(まあ今のところその前三人よりは多少長持ちしているからそうなんだろう)を頂く慶国の民は幸せもの。
そして天上高く聳える山の、その主上のおわす王宮のあっちやこっちやでお勤めする者も(主が蓬莱のお生まれで多少とんでもないところもあるのを我慢すれば)、また幸せ……かな?

王宮の朝のメインイベントはなんといっても朝議。

先導する府吏の見たところ、金の髪の僕を従えた主上はいつにも増してやる気まんまん。しかしそれに引き換え僕の方は一日のうちで一番王の近くにいる時間だというのにあまり楽しそうではなかった。いやあの台輔が楽しそうに見えるはずなどないのだが、それはそれ、長くお側にいればなんとなく分かるもの。

玉座に御簾が下ろされふたりきりになると、景麒は言った。
「なぜこの場があなたなのか。他の者の方が良いと思うのだが」
「私がここについては一番適任と思っているのですが」

先の御代の実績で傾国効果抜群と認められたネガティブのオーラを狭い御簾の中で振りまく下僕に、しかし緋色の王は愛想良く応じへこみそうになかった。

「しかしそれでは官をまとめる者がいなくなるが」

「王こそが官を率いまとめられるお方、いくら上の官位を頂いておりましても官吏はそのお手伝いをしているに過ぎませぬ。そう思って日頃尽くして参りましたが」

この筋金入りの能吏に何か言う方が無駄だし、とんでもない場面ほど元気になるのは陽子といい勝負だからここでも何とかするだろう、と景麒は深々と溜息をつくだけで我慢する事にした。

と、朝食に珍しい果物があるのでと呼ばれて陽子にお相伴した者がなぜかみんな陽子になってしまったある一日の事である。

平気だったのは陽子と景麒だけ。

「なぜおまえは変わらない?」
少し詰まらなそうに見馴れた(見飽きた?)仏頂面を見た。

「というより、主上と私が変わらないのではないでしょうか? 神籍だからではないかと」

「ふーん、私になったおまえを見たかったな」

「これ以上必要ないかと思いますが」

にべもない返事もこの時ばかりは無理もなかった。たしかに大きな食卓を囲んだまま、互いを見交わす陽子は十分すぎる数であった。

見交わしているだけなら良いのだが、陽子の顔をした女史と女御のお仕着せの二人が互いの顔を撫でさすったあげく抱き合って笑い転げているのは見逃すとしても、大僕と太師の衣を着たのが互いの顔を引っ張って百面相しているのは、台輔としては見るに堪えなかった。

「とにかく無用の混乱を避けるため、しばらく彼らをどこかへ隠しておくしかないかと。何か呪のかかった果物だったようですが、嫌な気はございませんでしたので、少し時間が経てば大丈夫かと」

そう言いかけた景麒は、しかしたくさんの同じ顔を見ながらにやりと笑った主にいやーな予感がした。

結局王宮にはその日一日種々雑多な陽子が代わる代わる登場することになった。

「みんながどんな私を演じるかで、どんな期待をしているかが分かると思うんだ」

尤もな希望ではあったが。

居並ぶ重臣に、うるさい冢宰の急な欠席にここぞと思った者は多かった。
いつもなら女王の盾となるこの男が不在の場合は事前に遺漏なく準備されるのだが、今日は探らせた冢宰府の戸惑いから予想外の事らしく、準備は出来ていないと思われた。


今日は地官の日で、立ち上がったのはいつも陽子がその眼で見たこともない地域の事をあれこれ言い立て、困らせては勝手な事をいう男だった。
当然この時とばかりに、至急必要な件と称してある郷の農地について立石に水の如く言い立てた。

王からの言葉は直接王自身から下される事の多い慶ではあったが、官から受けるについては適当に助言を割り込ませ易いように、一応冢宰を間に挟んで受けるという事になっていた。
そのため彼の不在の今日、官の視線も発言もひたすら陽子の方に集まったが、 案の定陽子は聞き終わっても何も言えず、、それでも健気に何か言わなくてはと焦っているようであった。

「そのあたりの事はよく分かっていないと思うのだが」

(分かっていないとは分かっておりますとも)
地官はほくほくしていた。

「その隣のことなら少し分かるので、それを先に片づけてからの方がいいかもしれない」

(へ?)

何か一生懸命思い出そうとするかのように、ぼんやりと考え込みながら語る姿は妙に頼りなげで、地官の部下ですらその様子に思わずかばってさし上げたくなったほど可憐であった。
しかし地官だけはそれどころではなく、今度は彼の方が焦り始めていた。その隣の土地といえば彼に利害のある土地のことのはず。それがあるからこそ、この計画を王に押し付けようと企てたのである。

「恐れながら主上、この件に関してはやはり先ほど申し上げた事こそ大切でございます。どの土地の事かは存じませんが、それはまた次の時に」
「私の知るあの土地の事は大切ではないのか? 私の勘違いだろうか?」

無邪気な問いかけにも聞こえないふりをしてひたすら居丈高に言い負かそうとする地官に、力なく抵抗していたがとうとう主上は頬を赤らめてすっかりしょんぼりとしてしまった。

「すまない、私が何も分かっていないから」

涙ぐんでいるかのようなその言葉は最後は消えそうだった。いやそのか細い声と仕草から実際にその美しい翠の瞳が潤んでいるところを(そんな細かいところまで見えないはずなのに)諸官は全員その目で見たと信じた。

自分の発言に夢中だった地官もやっと辺りの不穏な気配に気付いた。

――主上を泣かした、あんなに可愛い我々の主上を

背後を見れば地官府の面々すら冷たく彼を睨んでいた。
その中には、同じようにこの土地に利権を持つはずの者もいた。

――畜生、何でだ

このまま話しを進めようにも、続いて援護射撃の発言をするはずの同僚があの有様では当てには出来なかった。

「たしかにこの土地の事は何より大事でございますが、やはり主上のお考えに従うべきかと」

苦々しげに広げた巻物を乱暴に丸めると地官は自分の席に引っ込もうとした。
しかし女王は先程までのしおれた様子から一変して、元気いっぱい言い放った。

「そうか、そう思ってくれて嬉しい。では隣の土地について聞かせてくれ」

地官はがっくりとへたり込んだ。

――誰だ、誰が主上にあの土地の事を教えた。なぜ知られた……

それを見下ろしてほほと手を軽く口元に翳して楽しげに婉然と笑む女王には、先程までの初々しさに代わって、今度はもっと成熟した女にしかないはずの色香すら感じられ、席に戻った件の地官も風前の灯火となった自分の官吏生命も忘れて惚けたように見やった。

――いい女だなー








そのあとその女王は禁軍の朝練を閲兵に来られた。
ちなみにこの「陽子」への、私が熊になるところを見てみたいのだが、という本物からのリクエストは聞こえないふりで無視された。

「いかがでしょうか? 主上に見て頂けるととあっていつもにも増してきびきびとよい動きでございます。ただ青将軍が生憎今日はこちらにご不在で」

付き添う将軍の副官は突然の陽子の登場に恐縮していた。
いつもは将軍がお相手するので、こうしてお側でずっとお話しするなど初めてで、周りの羨望の視線を浴び、恐縮しつつもすっかり舞い上がっていた。

「ああ、私の命で出かけたのでそれは構わない、その代わりにちょっと覗きに来ただけだから気にしないでくれ」

「それはもう、将軍より主上に見て頂いた方が軍は喜びますし気合いも入ります。将軍の怒鳴り声より、主上ににっこりして頂いた方がどれほど志気に効果があるか。
おまけにここだけの話、将軍の怒鳴り声はまだしも、若い兵の気持ちを解すためとやらのウけないオチない冗談が、いやもう周りは困っているのでございます」

「まあ、そうだったの」

主上の微笑みってこんなに恐かっただろうかと狼狽える副官に、主上は剣の相手を命じた。

「ああ、すっきりした」

陽子にぼろぼろにたたきのめされた副官は、それでもなんとか立ち上がると、健気に汗をかいた王を労った。

「ああ、では桓の控えを借りる」

「はいっ、どうぞ」

しばらくして飲み物を運ばせた部下が慌てて飛んできた。

「副官、副官、たいへんでございます」

急いで主上が休息されているはずの将軍の房屋へ行くと、それを囲む擁壁に兵がぎっしりと集まっていた。

「こらっ」

主上に聞こえてはと声をひそめた上官の一喝にも怯まず、代わる代わる照墻の上に巡らされた透かしにしがみついていた兵をやっと追い払うと、副官は念のため覗き込んだ。覗き込むと言っても塀の上の飾りにぶら下がるようにしてといういささかみっともない姿であった。

主上のお姿を見たかったのは分かるが、何もこんな事まで…

どう罰しようかという考えは、桟越しに見えたものが何か分かったとたん止まった。

中庭の隅の平たい石を敷き詰めた井戸端は将軍の水浴び場でもあった。ここに当番の兵を何人か立たせて三方から次々と水を掛けさせる人間シャワーが将軍の習慣だった。今日はもちろんそんな兵は立ち入らせていなかった。

そのかわりにそこには、一糸まとわぬ白い肌と紅い髪が……
あちらを向いているし長い豊かな髪が解かれて腰まで覆っているので、見えるのはすらりとした脚と桶を持ち上げるしなやかな腕くらいであるが、若い女性、しかも主上の裸となれば肩が少し見えているだけでも、これは大事である。

……お美しい

白いと言うより小麦色の肌だが、男はもちろん女も日に焼けた者ばかりの軍にいればそれは紅い髪との対比もあって真珠のようであった。

そしてそこにかけられた水が肌で弾かれ玉となって飛び散り、まぶしいような場面だった。

副官は思わずうっとりとそのまま覗いていたが、その姿がくるっとこちらを向き、桟を握り締めて塀によじ登り覗き込んでいる副官をしっかり睨みつけた。

「おまえ」

さすが主上、とても若い娘とは思えぬその眼差しの鋭さと、こちらを振り向いた時の隙のない動きの美しさ。

そして哀れな副官は、その瞬間怒りに燃える碧の瞳もお美しいと思い、紅い髪の隙間からみえた柔らかそうな胸に見ほれ……本当はもうちょっと大きめが好みなんだが…そして、思った…、おれクビだ……、いや打ち首か。
でもこれが見れたんだからもういいや……




女王の供に紛れ込んで一日あちこちでいろんな『主上』を見て回り、夜になって再びたくさんの陽子に囲まれた陽子は憮然としていた。

皆の意見では、どうやらあの果物は「一番気になっている人に変わる果物」。手っ取り早く言えば一番好きな人になる果物らしいが、それにしたって、一番好きな人にあんな事ばかりさせることが出来るだろうか。

明日になればたぶん元に戻るだろうとの意見が殆どだったが、それなら明日はまず朝議で浩瀚を睨みまくってやる。
一生にっこりなんてしてやるものか。しかしあいつ、どこであんな手管を。

第一明日からどんな顔をして剣の練習に行けばいいんだ。禁軍の半分は私のヌードを見たと信じているんだぞ。

そもそも、王宮中の宝玉や衣類を引っ張り出して盛り上がっている女官が、剣を持てるものなど二度と着せてくれそうになかった。
祥瓊のばか、着飾るのは久しぶりだからって何もあそこまでのらなくても。どうするんだ、きっと今夜は寝間着にまで飾りが付いているに違いない。

ああ、それより今夜一夜漬けで勉強しないと、遠甫が始めた論争の続きをすると張り切っていた春官がいたっけ。これじゃ寝間着に着替える暇なんかなさそう。


やだもう、誰がこんな果物採ってきたの。

サイト一周年記念 2005.12.02




長編をひとつ仕上げるだけのために開いたので、開店の時から在庫放出店じまいセール中といううさんくさい家具屋のようなサイトでしたが、未だ在庫放出が終わらずついに一周年を迎えようとしています。

おまけに 「麦の花」が片づいたら、きっと浩陽書きますからねとあちこちを騙しまくっておりましたので、せめてうーーーーんとラブラブを書いてお持ち帰りもOKとしたかったのですが……一年経ってサイト傾向はご期待に背くものばかり増えて悪化の一途。

というわけで、ラブラブも配布も諦めて、一度は書いてみたかった、変身ネタ。

うちのサイトは陽子の出番がとっても少ないので、こういう機会には陽子を出来るだけ書くようにしているので、陽子をいっぱい(?)出そうとしたのですが…… 結局その回りで働く者の話になってしまいました。
おまけに本当はもっとたくさんのキャラで書いたのですが、最初の冢宰が張り切りすぎで場所取りすぎて。(念のために申しておきますが、これはセンテニアルとは無関係よ)

というわけで、一万打記念の女官に続いて今回は男の官のご苦労ぶりを。
冢宰から名もない府吏や兵まで、みんな陽子の下で働くのが好きなのです。

warehouse keeper TAMA
the warehouse12