国の要人に仕える者の朝は早い。
明け切らぬ闇の内に、夜勤努めの者との交代がある。
女王付きの女官と擦れ違った。
彼女は、王の事を好ましく思い、王の日々の装いから市井に降りる時の装いまで、過剰と思えるほど王の装いを案じる。
「お疲れ様です。」
擦れ違う時に、互いに小さく声を掛け合う。
暗い時間の王宮の仕事に、声を大きく立てるわけにも行かず、他の物と許される会話は、小さな挨拶程度だ。
女王と言っても、慶国の現在の女王は、着飾る事を好まず。そばに仕える者も苦労が多いだろうと、思った。
「台輔のお召変えの衣装ですか。」
珍しく、女王付きの女官から話し掛けて来る。
女王に忠実であると噂立つのは本人だけが知らぬ有名な女官が今、声を落として話しかけてきた。
「はい。」小さく答えると女王付きの女官は、暗がりの明かりにも見て取れるほど、赤らむ。
その女官が手にしている薄紅色の衣に、はっとした。



温もりがさって行くのを、意識のどこかで感じ取っていた。
行ってしまうのか。そう心では囁いたものの、声にはならなかった。
体のだるさに、負けたように、暖められた傍らがゆっくりと離れていくのに並行して深い眠りに落ちていった。
優しく、包まれる夢を見た気がする。
朝を告げる声が聞こえる。
隣には、誰も居無いと知りつつ腕が彼を求めた。
重たい瞼を開けると、いつも見る女官の微笑が今朝は少しだけ違って見えた。
女官に声をかけられながら、被衫を探す。

すると、肩に軽い衣をそっと掛けられた。

薄紅色の衣の理由に、答えられる言葉は無かった。

襟の内側に入れられた髪。陽子は胸の辺りを両手で押さえ一瞬、瞳を強く閉じて彼の事を思う。

朝の柔らかな光が、陽子を包み込んだ。



花を見つめる影がある。
今はまだ薄明かりで、どの様な花だったのかは定かではない。
見つめるものの姿は、その神々しさに隠しようが無い光を含んでいた。
交代の兵が一瞬、その影から目を逸らした隙に、男の影は消えていた。
兵は、佇んでいた男と、花の正体を確かめるべく、男の佇んでいた辺りに足を運んだ。
その花は、まだ蕾ばかりが目立ち、花を咲かせるには数日、必要かと思われた。
兵は、視線の先を、太陽が昇るほうへ向ける。
朝焼けの空は、赤く燃え立つ。
そして、再び視線を、開く時を待つ蕾に向けた。
枝が、つい今ほど折られたように淡い緑の香を放っていた。


男は思う。
罪かと、ほころびかけた小さな赤い蕾。
手に傷を与えた小さな棘に、問う。しびれた痛みが全身を駆けた。
放れなれない存在なのは理解していた。
傍らを離れる時の心苦しさに、小さな蕾を見つけて戻る口実が出来たと思った。
少女の眠る横顔を見て安堵の溜息が漏れた。
窓辺に小さな花を置く。
目を覚まされた時、気が付いていただけるだろうか、この方の事だ、くすりと笑って朝には王の顔に戻られてしまうのだろう。
それまで、せめて夢の中だけでも、私一人の方で居て欲しいと思ってしまう。
己に対して、小さな溜息をついた。
すでに、官達は動き出している。
王宮の朝の始まりだと、陽子の寝姿に視線を向けながら部屋を出ると、見知った女官達の顔が揃っていた。
自室に戻ると、整えられた着替えが用意されていた。

warehouse keeper TAMA
the warehouse12