ひとりで眠っている間に、死んでしまう人っているのかなと思う。
死んでしまっても、きっと誰も気がついてくれないんだろうな、と思う。
養親は大事にしてくれるし、勉強を教えてくださる師との時間も楽しい。
でもだれか、だれか、ぼくをぎゅっ、てしてくれないかなと思う。
両手でぎゅって。
でないと、死んじゃうような気がする。
夜一人でそんな風に思うと、眠れない。
がたっと音がして、誰かが高窓から入ってきた。
怖くて思わず衾をかぶった。そっと覗くと、紅い色が見えた。
だれっ?
また衾に潜り込んでからもう一度そっと覗くと、誰かがこちらを見ていた。
ぼくが見ているのにちょっとびっくりしたようで、翠の瞳が瞬いた。
「眠れないのか?」
「はい」
ちょっと首を傾げて、「もしかして、寂しいから?」
寂しいかって?ぼく、そうなんだろうか?
「はい」
「じゃあ、眠れるまでついていてあげる」
「はい」
誰かがぼくを見ていてくれるっていいな。
でも、眠ってしまったら、この人いなくなってしまうのかな。
紅い髪、翠の目にまた会いたいな。
あれ?紅い髪と翠の目、って。
ぱちっとまた目を開けて言った。
「主上?」
「私を知っているのか?」
「一度父上が会いに来て下さいました。その時、主上のお話を」
「私の話を?」
「はい」
「どんな事を?」
「主上の髪の色、目の色の事。とてもお美しいって。
そして町の男の子のような姿になって、おひとりで町を見て回られる。
みんなの事が心配だから見に来られるんだと。
……あの、ぼくの事も心配して見に来てくださったの?」
「そうだよ。で、父親は他にどんな話を?」
「主上の事だけです。あとは、元気か、とか」
あーあ、という声が聞こえた。あれほど行き届いた男が、これでは私の父より酷いではないか。いや景麒並だ、とブツブツ言われた。
誰のことかな?
「父親に会いたいか?」
「わかりません。一緒にいたことがないので」
「じゃあ、ここでいいんだな」
下を向いてしまったぼくを見ていたけど、ふと手を伸ばして言われた。
「来るか?私と」
うれしくなったので訊いたの。
「ぎゅっ、てしてくださいますか?」
紅い髪の人は、笑って抱き上げてぎゅっ、てしてくれた。
ぼくにはその時わかった。
ああ、やっとぼくの場所をみつけたって。そんな事思うなんて、へん、かな。
そして、一緒に窓から這い出して、不思議な獣を呼ぶとぼくを前に乗せた。
暗い夜空を飛ぶ間、落ちないように、主上はずっとぎゅっ、てしてくれた。
だからきっと落っこちても、ぼくは死なないって思った。
二日ほど王宮を留守にしていた浩瀚は、朝議の前に急ぎの用があると陽子に呼ばれた。
「おはようございます。お呼びでしょうか?」
「うん、疲れているところを朝早くにすまない。昨日から奥に住人が一人増えたので紹介しておこうと思ってね」
「正寝に、でございますか?」
一瞬眼差しの鋭くなった冢宰を見て陽子はいたずらっぽく笑い、出ておいで、と書卓の足下に向かって言った。
王の私室である正寝に住まわせるとはいったい誰なのかと気をもんだ浩瀚は、それを見て小さい動物かとほっとしたものの、次の瞬間あっけにとられた。
机の下から這い出して、陽子の膝に小さな男の子が座った。
「主上、これは……」
陽子はふふっ、と笑って子供をぎゅっと抱きしめ、子供もうれしそうにしがみついた。
「私と一緒に居たいんだって」
いったいどこから、こんな子供を。
しかし、この子どこかで見たような……
「主上、私が出かけたすぐ後に、抜け出されたと聞いておりますが、迷子を拾われたのでしょうか?」
「拾ったんじゃない、家に忍び込んで盗んできたんだ」
浩瀚は思わず目眩がした。
「大丈夫、昨日のうちに養親にはちゃんと話をつけておいたから。後は浩瀚が了解すればそれでいいらしい。
浩瀚がだめって言ったら、うーん、御璽をひとつ押そうかな」
「なぜ、私の了解が必要なのですか?」
この胎果で破天荒な女王に仕えて早数年。
自分こそがこの方に合わせられる唯一の冢宰と密かに自負して勤めてきた浩瀚も自分の限界を試されているのかと思いながらたずねた。
「解らない? さあ、ではご挨拶をして」
陽子は子供を抱え直すときちんと浩瀚の方を向かせた。
「はい、主上。おはようございます、おとうさま」
浩瀚は今度こそ本当に目眩がした。
初出 2004.04.18 Albatross小説掲示板