息を切らして駆け寄ってきた子供は、低くなって迎える陽子のすぐ前でよろけながら止まった。
言いたいことがあって、いっぱいあって。
でもどきどきしてうまく言う自信がなくて。
首をかしげて言葉を待ちながら、そっと陽子の手が上がった。
その指が、汗ばんだ明るい伽羅色の髪をなでた。
ゆっくりと、ゆっくりと。
やがて子供は身体を寄せて、
そして小さな手が、陽子の頬を包むように触れ、反対側の紅い髪に顔を埋めて何か囁いた。
え?
戸惑う陽子に、不安そうな小さな口がもう一度囁いた。
やがてゆっくりとその言葉が陽子の心まで届いた。
そして笑みをのせて引かれた口の端に、子供はそっと小さな唇を寄せた。
頬を寄せ合って、翠の目と琥珀の目が一緒に笑った。
片方は飲みかけの酒を宙に浮かしたまま、片方は大きな果物にかぶりついたまま、延主従はそれを眺めていた。
「なあ」
「ん、何だ」
「麒麟の側で鼻血出さないでくれよ」
「おまえ、涎拭け」
「ちえっ」
「おい、うちの冢宰には子がいたか」
「三百年前から州侯してる」
「そうだった……、誰かあのくらいの娘のいる官はいなかったか」
「おまえに娘貸すほどのばかはうちの官にはいない」
「何考えている。とにかくあの子の遊び相手を連れてこないと、陽子に相手をしてもらえないじゃないか」
「ま、あと十年は無理そうだな」
手をつないで楽しそうなふたりがこちらに来るのを、ただ待つしかない客人だった。
初出 2004.04.21 Albatross小説掲示板