15 銀の雛鳥 茶色の鳥

これは「制限時間」のりょくさまのオリジナル設定オリキャラに、浩瀚jrをゲスト出演させたものです。
これは楽俊が塙王になっている(!)赤楽20年過ぎのお話です。

巧の超おじょうさまの瑠姫ちゃん登場。

瑠姫が主上の堂室にもぐり込んだのは、ほんの一瞬の警備の隙であった。
呼び入れてお菓子を下さる主上が大好きなのに、大切なお客があるということで何日もお会いできないでいるのが不満だった。
やっと入れた部屋には、主上と同じ卓を囲んで真っ黒な髪の大きな男の人と紅い髪の女の人がいた。お顔はよく見えなかったし知らない人ばかり、でもそのご様子からいずれも身分の高い方とわかった。

窓際にはひとりもっと簡素な袍を着て書き物をしている若い官吏がいた。彼は皆のやりとりを書き留めているようで、その合間に書類を配ったり、茶を入れ替えたりしていた。
それにしてもここに出入り出来る者など限られており、みんな顔見知りのはずなのに彼に見覚えがないのが不思議だった。

しばらくうずくまったまま様子を窺っていたが、難しい話が続いているようで、だんだん退屈になってきたしおなかも空いた、それにそろそろどこかへ隠れないといつ見つかるかわからないな、と瑠姫はちょっと焦り始めた。
大人の半分くらいの身長とはいえ隠れるところは限られてくる。それにそっと隠れ場所から目だけ出して覗いた卓子に盛られた菓子や果物が美味しそうだったが、見られずに近づくのは無理のようだった。

目はとりわけ大きな果物籠に貼り付かせたまま、どうしたものかと思案しているところへ先の若い官が通りかかった。もし瑠姫がもう少し大きかったらそこは彼の通り道ではなく、彼が卓を挟んで反対側まで大回りして来たことに気づいただろうが、もちろんその時の瑠姫が気づくはずはなかった。

瑠姫の隠れている花台のそばを通る時、抱えた書類が反対の手に持ち替えられ、空いた方の手が瑠姫に向かって差し出された。男の人なのにごつごつしていない誘いかけるようなその手に思わずしがみつくと、その人は自分の衣の裾で彼女を隠して席に戻った。歩く間すり寄っていた衣からは朝早くに大きな樹の下で遊んだときのようなさわやかな香りがした。

その官吏は書卓と窓の間に場所を作ると瑠姫の背を押して座らせた。座り込んでから袖の重みに気づいて瑠姫が手を上げてみるといつのまにか菓子がたくさん入っていた。それを握りしめて見上げると、初めてその官は瑠姫と眼を合わせた。明るい伽羅色の髪は庭からの光で艶やかに光り、見上げた方向からは金色に透けて見える琥珀色の目が優しくこちらを見て軽く微笑んだと思うと片目をパチッと瞬かせた。


やがて三人の王による話し合いも一段落した。
今回の一連の会合は巧の王の即位後十年間の雁国と慶国から受けた援助の結果を見せると共に、これからの事を話し合うためのものであった。
その中でも特に今日は王だけで親しくという事になり、官はひとりだけ加えての集まりとなった。早い話が元々親しい三人が久しぶりに邪魔者なしで忌憚なく話がしたかったという事なのである。

ということでこのような場合はいつもの事ではあるが、浩瀚jrが呼ばれていた。

慶の冢宰浩瀚の子として生まれながら景王陽子に育てられたといういささかかわった経歴のこの青年は、最初にこのような役を務めた時はまだ学生であった。しかし女王の執務室で育ったようなものなのでその仕事にも慣れており、またいずれの王とも親しくこのようなことにはうってつけであった。


「さて、これで一応片づいたな」

尚隆がそう言って確認していた書類を放り出すと同時に三人の王はほっと力を抜いて椅子にもたれた。それを見た青年は書き物を終えると、隣室に声をかけて茶の用意をさせた。

「ところで、何を隠しているんだ?」

尚隆が書類を片づけにきた浩瀚jrに声をかけると陽子は何ごととそれを振り返り、楽俊はもしやと訊ねた。

「あの子じゃないだろうな?」

楽俊の問いに、たぶん、と青年が頷くとすまなそうな顔をされた。

「やっぱり入って来たか。ちょっと甘やかしちまってなあ。なにせあんなに可愛いし、親が親だし」

「もしかして眞黎の子?」

「ああ」

「大きくなっただろうね、どこへ連れて行ったの?こちらへ」

陽子に言われて浩瀚jrが窓際に戻ると、幼女は外の小鳥を見ながらお菓子を口一杯にほおばって座っていた。銀色の髪にまで菓子のくずがついていたが、菓子よりおいしそうな赤いほっぺが愛らしく、のぞき込まれたのに気づくときょとんと見上げた。

こちらへおいで、と抱え上げられて部屋の中央に連れ出された瑠姫は、大切なお客様や主上の前に出るとわかったので、慌てて目の前の袍の胸元に口を擦り付けて綺麗にし、ついでに彼女を抱いている袖でべたべたした手を拭った、

「うわっ」

慌てて子供を下ろして情けなさそうに衣を見下ろす青年を見て一同は大笑いをしたが、汚した本人はすましてせっせと身繕いを済ませると、最高の笑顔でお客様にご挨拶をした。

「すまねえなあ、もうちょっと蚕がとれるようになったら、きっといい反物を送るからな。堪忍してやってくれ」

「あ、いえ、とんでもない」

「巧の絹地といえば昔はなかなかのものだったと聞いた事がある。食糧不足で蚕どころではなかったと思うけど、この子が大きくなった頃にはいい糸が採れるようになっているだろうね」

陽子はそう言うと浩瀚jrを呼び寄せ、子供の時のように汚れた胸元を手布で拭ってやりながら、今では有能な官吏ぶりを見せる青年が、やはり幼い頃潜り込んで遊んでいた金波宮の王の執務室の隅で立ち往生したあげく、気配に聡い浩瀚に不面目な姿で堂からつまみ出されたのを思い出し、こみ上げてきた笑いを抑えきれなかった。

その二人の姿をいつものようにちょっと気にくわないという目でみやってから尚隆は幼子に声をかけた。

「べっぴんさん、大人になったら自分で機織りをしてこの兄さんに贈るんだぞ。新米官吏の給料は安いんだからな」

なぜみんなが笑うのかよくわからないという顔で見まわしている幼子に向かって尚隆はまたもう一度大きな声で笑った。



浩瀚jrにとって不幸だったのは、後々までその日の事で瑠姫が覚えていたのが、浩瀚jrにかくまってもらいお菓子をもらったことではなく、ちゃんとご挨拶したのに他国の王様に笑われてしまったという納得できない出来事と、その原因が浩瀚jrにあるらしいといういたって子供らしい記憶だったという事である。

しかも瑠姫はその後も雁の王に会う度に「べっぴんさん、反物はまだかな」と意味不明な事を言われるのにうんざりした。
おかげで浩瀚jrは巧で一番の美人の雛の「素敵じゃない殿方」の方にリスト入りした最初の男となってしまった。

浩瀚jrがそれを知らないのは幸いだが、さらにもし彼女の「素敵な殿方」の方のリストのトップが誰かも知ったら、かなり悔しがっただろう。なにしろその相手は・・・・。

2004.07.01 「制限時間」に掲載


りょくさまより戴いたSS

warehouse keeper TAMA
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