いつ、いつ行くべきか。
行けばあの方の辛そうなお顔を見なくてはならない。
決してそんな顔をさせたくないのに。
まがい物の、作り物の慶の世界に貴女は浸っていらっしゃる。
貴女の裾に纏い付き、頭を撫でて頂くのは、王宮の官吏が差し出したその子弟、決して貧しい里の子ではない。
同じくその裏庭で採れたばかりの野菜を籠に盛ってお見せして、簡素な竈で料理をしようとするのは、農民の妻ではなくやはり王宮の厨房に勤める者。
それを知っても貴女の眼に映るのはその演じる役だけ。
そしてそんな世界に麒麟が居るはずがなく、そこに現れる私は、貴方の住む世界の受け入れぬ異邦人。
私のそれよりもっと濃い紫の瞳がそんな私を認めると翳る、柳の葉のような細い眉すら私を見ると背けられる。
私が貴女に見つめて頂くだけで幸せになれるのに。
――何をしに来たの、私をあの牢獄へ連れ戻しに来たの。
いっそそう言って頂きたいのに、そんな言葉すらそこに存在しないはずの私にはかけられない。
それが解っていても、私はお迎えに行かなくてはならない。
貴女を待つ者などすでに誰もいないここに。
そして主上は居場所のないまま、それでも度々現れる私を哀れと思われたのか、役をお与えになった。
「いつまでも独り身でいては、この美しい畑が荒れるわ。私が機を織る間、耕してくれる夫が必要なの」
そしてそっと耳元で囁かれた。
――でも貴方は昼間は忙しい。それにその白い指を汚すのは忍びないわ。
だから、夜、でいいの。
月の出ない夜に畑が耕せるのかと私はお尋ねした。
紫の、宝玉にも勝るあの美しい瞳が、見開かれ、そして言われた。
おまえは自分が足下に傅けば、私からどんなものを奪うのかも知らず王を選んだのか、と。
そして再び顔を背けて言われた。
「とにかく夜ここへ戻っておいで」
夜、農民は何をしているのかとその後ずっと考えた。
そして今夜主上はとうとう夜も王宮にお戻りにならなかった。
それはあちらで夫をお待ちという事。
今私は、立ち上がる事も出来ず、ここで考え込んでいる。
白い慶の母なる土地に、未だ誰も鋤を入れたことのない地に私が何を出来るかと。
今椅子に座ればそのまますぐにも立ち上がり衣を脱ぎ捨て転変して飛び立つだろう。だからじっとこの床に、綺筵もない床に座っている
しかしそれは無駄な事だったかも。
ゆっくりと私は帯を解き、そして重なったままの衣から腕を抜く。
月の光で私の肩が青白く、立ち上がれば金の髪の被わぬところにも月が。
その月の光に溶けるように私は姿を変えた。