くすりと小さな声が笑った。
「何だ?」
「ごめんなさい、寛いで勝手な想像をしていたら、何だか嬉しくなって」
尚隆の問いにそう言うと、それに何だ何だと重ねて訊く六太に陽子は優しく微笑んだ。
玄英宮の園林の中央に広がる池は、王宮でも一際静かで明るかった。
いわば外海である雲海の猛々しさはなく、どこまでも穏やかで囲む庭園の色鮮やかな施設共々華やいだ一画だった。
久しぶりに訪れた雁のそんなところの四阿で陽子はゆっくりと延主従と休息していたのだった。
「こちらへ来ると、自分が王だと言うことをちょっと忘れてしまって」
「こんな愛想のないところでそんな風に寛いで貰えるなら、何よりだが、それで何が可笑しい?」
「なんて言えばいいのか。もし私が蓬莱にあのままいて、遠くで就職するかお嫁に行って、そしてもし実家に帰って来たらこんな感じかなと思って」
「それは良いが、まさか俺がそなたの父親のようだとでも言うのじゃないだろうな?」
「まあ、そんな事は」
笑いながら頭を振る陽子の髪から、シャラシャラと髪飾りの房の音がした。
「尚隆、とにかく陽子の亭主なら実家には居ないんだから、それ以外なら親父でもなんでもいいだろう」
六太がからかった。
「ふむ、では兄貴といったところか」
「ごめんなさい、実はそうなんです」
「じゃあ、俺は弟か」
六太は卓に乗り出すと面白そうに言った。
「そう」
にっこり微笑む陽子の嬉しそうな顔に、男二人は喜んで良いのかどうか互いの顔を探り合った。
「では景女王がおくつろぎ頂けるよう、玄英宮一同で身内を務めさせて頂こう」
「じゃあ、白沢に親父でもさせるか」
ああ、素敵と、無邪気に喜ぶ陽子に合わせて、叔父候補ならわんさかいそうだとさらに主だった女の官も含めて勝手に役割を振っていたが、朱衡はどうだと聞かれた陽子はあっさりと言った。
「朱衡さんは従兄弟に思えるの」
「まあ無理ではないと思うが」
つまり、兄弟や父親の自分たちよりちょっと遠い感じなんだなと、二人は内心満足した。
翌朝また陽子が庭に向かったと聞いて捜しに来た二人は、蓮池越しに思いがけないものを見た。
「おい、あれは何だ」
とんでもないぞと尚隆はそれを指さして騒いだ。
「陽子だって朝は眠いんだ、うたた寝くらいするだろう」
まあまあ、と延麒はなだめた。
「うたた寝するのになぜ大司寇が必要なんだ。ここにはくさるほど臥所と枕があるのに」
「あれは大司寇じゃなくて、従兄弟だって陽子は言っていただろう」
「ううむ、まあ、それなら……」
不満そうにぶつぶつ言う尚隆をなんとかなだめた六太は、聞こえないようにこっそり呟いた。
――今の蓬莱じゃ、昔と違って叔父とはだめで、従兄弟となら婚姻出来るって、言わない方がいいよなあ。