朱衡さんは、ある朝ふと休みを取ろうと思った。
数名の官と下官を呼ぶと数日分の仕事の手配を指示して出かけた。
あまりの驚きに引き止めるのも忘れて指示を聞くだけだった官達は、我に返ってあわてて追いかけた。
しかし、門に達した時には朱衡さんは出かけた後だった。朱衡さんの騎獣は騶虞で、それに追いつける騎獣はない。
他国はどうだか知らないが、この国では王と麒麟は年中ふらふらと出歩いており、秋官長は王宮かどこかで常に仕事をしていた。
それが当たり前になっているのに置き去りにされて動揺したままの官達は、ちょうどそこへごきげんで朝帰りしてきた王をとっつかまえ、次に仁重殿へ押し入り麒麟をたたき起こした。
いつにない剣幕の官達に囲まれて王と麒麟は働かされた。
そして王宮中の府にその緊張は伝染して、官吏は上から下まで必死で働いた。なんだかんだとたらい回しにされていた審議書だの訴状だのにはどんどん印が押されて上に上がってゆき、最後にはまた王と麒麟の仕事を増やした。
さて朱衡さんはなにしろ休みなんて取ったことがないので、特に行くあてもなく、衣をなびかせ騶虞で飛んだ。
ひらひらひらり。
ふと古い友人の事を思い出して会いに行くことにした。
その前におなかがすいてきたので、途中の大きな町に下りた。
いつもはお出かけ先は各地の官府なので、町中で騶虞を預けたことがなく、ちょっと考えた。
あのいまいましい王に、どうして博打場にばかり行くのかと問いつめたとき、博打場はコワイおにいさんがいるので騶虞を預けても安心だし、博打の上がりで稼ぐのが目的だから、飯が安くうまいんだと言っていたのを思い出した。
そこで一番立派そうな賭場へ行った。
朱衡さんは知らなかった。騶虞はもちろん珍しい騎獣だが、別の意味で朱衡さんの騶虞は有名だった。
朱衡さんの騶虞がどこかの官府につながれると、その後一帯の賄賂役人だとか悪徳商人などが大規模にお縄になるのだった。だから朱衡さんの騶虞は脛に傷持つ輩にとっては破滅への道のシンボルだった。
賭場へその有名な騶虞が来たとたん、一帯の賭場の主やそこから甘い汁を吸っていた小役人達は一斉に役所へ駆け込み、罪を告白してさらに減刑を頼むために互いの悪事をちくり合った。
おかげで、府第はてんてこ舞いになり、しかも府吏の中からも悪事を白状して捕らえられる者が出たので完全に人手不足になった。
おいしいお昼ご飯を頂いて満足した朱衡さんは、やっぱり少しは賭け事でもしてゆかないといけないのかしらんと考えたが、そのころには賭場はそれどころではない状態になっており、客は早々に追い出された。
朱衡さんはまた騶虞に乗った。ひらりひらひら。
友人が州司寂をしている州城についた朱衡さんは、久しぶりの友人と楽しくおしゃべりした。
楽しくおしゃべりしたその内容からヒントを得て、その友人はかねてから頭を痛めていた柳からの巧妙な抜け荷の発見法を思いついた。友人は朱衡さんを臥所に案内してから、すぐに州侯と役人を集めて打ち合わせをし、夜更けに州兵を率いて国境へ行くと悪党一味を一網打尽にした。
翌朝一人でゆっくりと朝ご飯を食べた朱衡さんは、その後始末でてんやわんやになっている州城を後にした。
こうして朱衡さんは楽しくあちこちを見て回り王宮へ帰ってきた。
久しぶりに見る秋官府はごみだらけだった。
突然ペースアップした元々の仕事だけでも大変なのに、なぜかどんどん地方から新しい事件の報告や処理についての書類が届くようになった。
食事を摂る暇もなくなった秋官らは机でがつがつと飲み食いしながら仕事をするしかなく、それを片づけるはずの奚も書類を運ぶのにこき使われていそがしく、掃除をする人間なんかどこにいるんだ状態だった。
他の部署も似たり寄ったりのようで、冬官長は武器の横流しが次々発覚してその処理に走り回り不在で、地官長は今朝から過労で寝込んでいた。禁軍にはあちこちから手伝って欲しいと要望が殺到して、夏官長と将軍達はその割り振りに頭を痛めていた。
私がいなくてもちゃんと政務は進んでいる、しかも主上と台輔がお揃いで執務中とか、と朱衡さんはいたくその様子に満足した。
それにしても、はて、王宮とはこれほどに活気があり忙しかったのかと朱衡さんはひとりごちた。
これではやはり時々は休みをとらないと、疲れが溜まり地官長のように寝込んでしまう。
そうだ、これからは毎年休みを取ろう、と決心した。
王宮でただ一人、気分さわやかで体調絶好調の朱衡さんは、撒き上がるゴミと走り回る官吏をかわしながら王にご挨拶に向かった。
にっこり。