雲雀の鳴き声が響く。
先王の廟は瑛州の一角、目だたぬ街の外れにあった。
祠に向かう。
あまりの静けさに束の間暑さが一瞬遠のく。
「この辺りがいいかな?」
陽子が苗を置いて移植ごてを取り出し、おもむろに地面に突き立てると浩瀚が止めた。
「あまり陽のあたる場所では・・・乾燥に弱いので。」
「ああ、そうなのか・・・」
「むしろ祠の裏手が適しているかと」
玉砂利を踏む音に続き、土を掘る静かな音が響く。
根を痛めないように気をつけて移植し終わると、陽子は改めてその花を眺めた。
― この野の花より牡丹のような華やかな花が似合うと言っていたな。
もう出会うことは叶わない、この男の佳人。陽子がどんなに努力しても届くものではないかつての思い出の中に生き続ける人。
いや、張り合おうとする方が間違っている。青く小さな、たおやかな花を見下ろしため息をついた。
全ての過去がこの男の今を作り出したのだ。
それは認めて受け入れるしかない。
「・・・宿根草なのです。この花は。」
浩瀚がぼそっとつぶやき、陽子は眼を上げた。気がつくと少し離れた石段に腰を下ろし、陽子を見つめていたようだった。
「盛りを過ぎて枯れても、また季節が来ると眼を伸ばし花をつけます。・・・ある意味、今まで気を休める暇がありませんでした。」
忘れた頃にまた、その花の季節は巡ってくる。
思い出も、彼の人の想いも全て閉じ込めたまま、花は咲く。
また、繰り返し。
「この場所でもし苗が増え、群集が出来たら・・・その時には王宮の花も全部移植しようかと・・・」
― そうしたら、今度こそ新しい御世を生きることが出来るような気がします。
呟いた男に声をかけようとして陽子は留まった。
ただ、黙って傍らに腰を下ろす。
この男の首に手を廻し頭を胸に抱き締めて慰めることが出来たら・・・それで憂いが晴れるものならどんなに楽だろう。
でも、その資格は無いように思われた。
今はまだ。
だから、ただ黙って座っていた。
同じ刻を少しでも多く過ごせるように。
これからは・・・。
「大切な花なんだ。」
「はい」
「忘れられそうには無い」
「そうですね・・・」
茫としたまま呟き返した浩瀚に聞こえないよう、陽子は口の中で呟いた。
「妬けるけど・・・仕方ない。」
この男との間には過去が存在しない。今と、そして未来しかない。
時は積もり、満ちるのだ。この男の傍らで。
これからずっと。おそらく・・・
「・・・失礼、何を?」
一瞬間を置いて、主が何か呟いたことに気がついた男が問うてきた。
その問いには答えず、ただ肩を竦めた。
「何でもない。帰ろう、遅くなるとまたお小言だ。」
初夏の長い一日が終わろうとしてる。
手を伸べた主を見遣り、冢宰は珍しくその手を素直に受けた。
立ち上がって衣服の埃を叩く。
廟を後にした。今度は振り返らずに。
暮れ始めた閑地から、一匹の騎獣が王宮に向かい下界を後にした。
ある夏の日の出来事。