制限時間/りょくさま
2005年ハロウィーンフリー配布
「お菓子をくれないと、イタズラしちゃうぞーー!」
可愛い声の主である蘭桂は、現在、目のところに穴を開け、大きく裂けた口を描いた白い布を頭から被っていた。
一体なんであろうかと、きょとんと見やってしまった浩瀚は、更に背後からも同じ言葉を言われて吃驚した。
「主上!」
一体、何事でございますか?そう尋ねようとした浩瀚に、主上と呼ばれた陽子は苦笑いしながら手に抱えるかぼちゃを見せる。
「一体、これは…」
「ジャック・オ・ランタンっていうんだ」
「じゃっく・お・らんたん…で、ございますか?」
見事に翻訳されていないという顔で、意味が分からない浩瀚に陽子は説明をしていく。
曰く、万聖節の前日である十月の末日に行われる、元々はとある一地方の宗教行事を、一大一神教の教義の中に組み込まれて世界中に広がったものだと言う。所謂、お盆と似たようなものであり、死者の魂を慰めるための催しが、いつの間にか子供が大人にお菓子を強請れる大義名分となったものらしい。
また、このかぼちゃの灯篭も、元は魔除けの意味があったのだが、今では催しの飾りの一つとなってしまっているらしい。
そして、その催しを教えてもらった蘭桂が、早速周囲にいる大人たちに強請り始めたのである。
「桂桂、どれくらい貰ったの?」
陽子の質問に、うふふふっと笑った蘭桂は、獲得したお菓子を入れた袋を見せる。
「うわー、沢山貰ったねぇ」
袋の中に入ったお菓子は、綺麗な飴や月餅、珍しい果物に木の実など。中には大変美味で最高級品と言われる範国産の砂糖を使った星屑のお菓子――金平糖も入っていた。
流石に、そのお菓子の出現には、陽子も浩瀚も驚いて、誰から貰ったのかと蘭桂に尋ねる。
すると、嬉しそうに笑いながら、「台輔から頂いたのーー!」という。
「お、やるな、あの鉄仮面」
にやりと笑う陽子に、「台輔に対してそのような俗語を使われるのは、おやめください!」と浩瀚が諌める。
ぶーぶー、と脹れる陽子に呆れつつ、浩瀚は蘭桂に更に尋ねた。
「これらのお菓子は、誰から頂いたのかね」
「えーっとぉ、台輔と遠甫でしょう、鈴と祥瓊に、虎嘯と桓堆に、少学から帰ってきた夕暉にも貰ったよ。あとねぇ……」
沢山の名前が出てくる蘭桂の口を見ながら、浩瀚は自分が阻害されているような感じがして、少し寂しかった。しかも、さらに誰かの名前が出てきそうだったその時である。
「陽子ーー、久々に遊びに来たぞー。大丈夫だよ、今日はちゃんと仕事片付けた上で遊びに来たからさぁ。あ、これお前の“お菓子”ね。これで俺にタカるのは勘弁してよー!」
そういって、意気揚々と現れたのは、隣国の麒麟である六太であった。その右腕で引きずっているのは……じたばたともがく、鼠。
「きゃぁぁぁぁぁ!六太くんありがとう!んもう、最高のハロウィンだよぅ。らーくーしゅーんーーーvv」
ハートマークを大量乱舞させながら、ふかふかモコモコの楽俊に抱きついて離れ無い。
慎みを持てーーーー!と絶叫する楽俊の言葉など、耳に入らない。楽俊の惨状を見て、「うんうん、俺ってイイ事した」とご満悦なのは、六太であった。
突然の乱入に、驚いたのも一瞬。浩瀚は素早く六太に挨拶をすると、六太に彼の主は一緒でないのかと尋ねた。
その問いを待ち受けたかのように、尚隆も窓から――どうして、この人はちゃんと正門から来られないのだろうか…などと言う疑問は、既に忘却の彼方に追いやってから、一体どれくらい立つのであろうか――遣ってきた。
尚隆の出現に、驚きもしない浩瀚は、キチンと礼をとり、しかし次の瞬間には延の主従二人に対して質問をぶつけていた。
「お二人は、この催しをご存知だったんですか?」
「まぁ、こいつが蓬莱に遊びに行ってて、ここ近年はこの時期になると結構な催しになっていることを知らせたからな」
「んー、堂々と遊べる『いべんと』の情報はちゃんと入手してるよー」
またも、一人阻害された感じを持つ浩瀚。
そんな彼の心の内など想像できない蘭桂は、ちゃっかり延王にも「お菓子をくれないと、イタズラしちゃうぞ!」と、幽鬼《おばけ》の格好をしてみせる。
蘭桂の頭をわしわしとなでると、尚隆は簡単なものではあるが、ハマルと中々止められないお菓子――焼き栗が入った小袋を渡した。
きゃっきゃと喜ぶ蘭桂は、六太と一緒に他のものにも貰おうと堂室から出て行った。
「陽子、仕事のほうは……」
「片付いておりません」
尚隆の質問に、浩瀚が切り返す。少々棘があるように感じられるのは、気のせいか。
「ほほう、まだ終わっていないのか?」
急な蘭桂や延主従の出現によって、陽子の執務はまだ終わっていない。楽俊の登場に至っては、最早仕事放り出しかねない勢いだった。
「なんだか、延王に言われると、複雑な心境です……」
自分の執務が終わっていない事は勿論だが、それを言ったら浩瀚も一緒なのである。
「じゃぁ、この『お菓子』は俺が預かっておく。遠甫のところにいるから、終わったら顔を見せてくれ」
楽俊を陽子から引き剥がし(楽俊にしてみれば、一息つけた感じであろう)、最早自分の家のように金波宮を歩く尚隆は、浩瀚の「案内を付けます」という言葉に片手で遮った。
「さて、主上。さっさと書類を片付けてしまいましょう」
何事も無かったかのように、話を進めようとする浩瀚。
そんな彼を見て、意味ありげに笑った陽子は、
「お前、そんなに自分だけハロウィンを知らなかったことが、悔しいのか?」
と上目遣いで、浩瀚を見やる。
「いいえ、そんなことは御座いませんよ。拙目が、蓬莱の情報に疎いのは確かですし、その手の情報が最後に巡ってくるのも事実で御座いますよ」
何でもないと言い切る浩瀚に、思わず口元を緩めてしまう。
そんな、陽子の顔を見て――少し意地悪をしてやりたくなった浩瀚は、先ほどのハロウィンの説明の中で出てきた言葉を、逆手に取った。
「Trick or treat!」
陽子が言うよりも、余程発音が見事なその言葉は、お菓子を貰う『魔法の言葉』の筈であった。
しかし、蘭桂と六太に与えてしまったお菓子は、陽子には既に無い。
ヤバイと思いつつ、言い逃れをしようと陽子はあがく。
「は、ははははっ!ハロウィンは子供がする遊びだぞ!」
「拙はそのような事は、聞いておりませんし、何よりも楽俊殿の登場で喜ばれていたのは主上です」
お菓子が無いから、きっと顔に墨で何か書かれるんじゃないか!とアタフタし出した陽子に、彼女の腕を取り、腰を絡め取った浩瀚は、近づけた陽子の耳元で、もう一度いった。
“Trick or treat!”―――と。
“お菓子をくれないと、イタズラしちゃうぞ”
fin
素材: Tomotomo's Works